大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成3年(ワ)348号 判決

原告

日生町(X1)

右代表者町長

田原隆雄

原告

田原隆雄(X2)

右原告ら訴訟代理人弁護士

河原太郎

河原昭文

被告

井上一明(Y)

右訴訟代理人弁護士

小林淳郎

理由

一  請求原因1について

1  請求原因1(二)の事実中、本件協定書及び本件陳情書が存在すること、並びに、本件告発(同1(三))及び本件報道(同1(四))がなされた事実は、当事者間に争いがない。

2  〔証拠略〕によれば、請求原因1(一)、及び同1(二)のその余の事実が認められる。

二  請求原因2について

1  原告田原についての名誉毀損の成否

(一)  本件告発は、岡山地方検察庁の検察官に対し、原告田原につき有印私文書偽造・同行使という犯罪事実を申告し、その訴追を求めるものであるから、日生町長であり、少林寺拳法指導者たる原告田原の社会的信用、評価を著しく毀損するものであると認められる。

被告は、本件告発自体は、名誉毀損に該当しない旨主張するが、一般に、他人の社会的評価を害する事実を第三者に摘示した以上、その方法が社会的に広く公表されるものであるか否かを問わず、名誉毀損となると解すべきところ、本件告発は、検察官に対し、前記犯罪事実を告知するものであるから、原告田原に対する名誉毀損に該当するというべきである。

(二)  また、本件報道は、本件告発の行為及びその内容を新聞紙上に掲載して報道したものであるから、これまた、原告田原の名誉を毀損するものと認められる。

被告は、本件告発と本件報道による名誉毀損との間には、相当因果関係がない旨主張する。確かに、本件報道の取材源が被告にあることを認めるに足る証拠は存しない。しかし、本件報道は、被告が本件告発をなしたことに起因してなされたものであり、かつ、本件告発に係る事実は、現職の町長が、町が推進している地元の海洋リゾート開発に絡んで、業者と一緒に開発にかかわる陳情書を偽造・行使したという、社会的関心を引き、報道価値の高い性質のものであることに鑑みると、報道機関によって報道される場合があることは通常容易に予想され得ることであるから、本件告発と本件報道による名誉毀損との間には、相当因果関係がある。

(三)  従って、被告は、本件告発及びこれと相当因果関係にある本件報道により、原告の名誉を毀損したものというべきである。

2  原告町についての名誉毀損の成否

(一)  町の社会的評価、信用は、町自身に帰属するものであって、町長の個人的な社会的評価、信用によるものではないから、町長個人に対する誹謗が直接町の町政運営方法に対する誹謗にもなるという特段の事情がある場合は格別、そうでない場合は、町長個人に対する名誉毀損が直ちに町の名誉毀損を構成するものではないと解するのが相当である。

(二)  これを本件についてみると、前記(一)で認定した事実によれば、本件告発による摘示事実は、原告町が推進している海洋リゾート開発に絡む事柄ではあるが、告発の直接の対象は、原告田原個人の犯罪事実であり、告発の趣旨も原告田原個人の犯罪を追及するものと認められる。また、〔証拠略〕によれば、本件報道には、原告町が業者とともに本件陳情書を偽造したかのような不正確な記述が一部に見られるものの、見出し部分を含め、掲載記事を全体として素直に読めば、被告が、町長たる原告田原個人の犯罪行為を対象に、業者とともに原告田原個人を告発したことを報道しているものと理解することができ、他に、原告町自体を具体的に非難する記述は見出せない。

そして、確かに、町長は町政の中心機関であり、町長の力量、声望が当該町の社会的評価にとって、事実上ひとつの大きな要素となる面が存することは否定できないところではあるが、他面、町政は、町長個人によってのみ運営されているわけではなく、町議会や町民も参加し、民主主義の原理によって執行されていること(甲七=原告町自身が発行した広報参照)に鑑みると、右のように、原告田原個人の犯罪事実を摘示した本件告発ないし本件報道によって、原告町の名誉も毀損されたとまでは認めることはできない。

(三)  従って、原告町の本訴請求は、理由がないといわざるを得ない。

三  抗弁1について

1  ところで、名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為にならないものと解すべきである(最高裁第一小法廷昭和四一年六月二三日判決参照)。

2  これを本件についてみると、まず、抗弁1(一)の事実(本件告発の摘示事実が公共の利害に関する事実に係ること)は、当事者間に争いがない。

また、〔証拠略〕によれば、抗弁1(二)の事実(被告の本件告発の目的が専ら公益を図る目的に出たものであること)も認められる。

3  しかし、〔証拠略〕によれば、本件陳情書と本件協定書中の日鐵商事株式会社建設部長鷲尾仁一名下の「日鐵商事建設部長之印」と刻印された丸印の各印影は、甲一(本件陳情書の写し)と甲二(本件協定書の写し)(いずれも、日生町議会事務局に保管されていた本件陳情書の原本をコピーしたもの)を比較対照しても、また、乙一(本件陳情書の写し、平成元年一月一九日に日生町議会の活性化対策特別委員会において、町執行部から町会議員に配布された資料(原寸大))と乙二(同年三月八日の同町定例議会で町執行部から配布された資料(原寸大))を比較対照しても、両印影間に見られる微細な相違は、押印力、押印角度や印肉の付き具合等による誤差に過ぎず、両者の印影は同一であると認められる。

従って、本件陳情書中の日鐵商事作成名義部分は偽造されたものとはいえず、本件告発の摘示事実については、真実性の証明はないというべきである。よって、抗弁1は採用することができない。

四  抗弁2について

1  しかし、更に、名誉毀損については、摘示された事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において、その事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは、右行為には故意若しくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解される(前記最高裁判決参照)。

〔証拠略〕によれば、被告は、本件告発当時、本件陳情書が原告田原により偽造されたものと信じていたことが認められる。そこで、以下、被告がそう信じたことにつき相当な理由があるといえるか否かにつき検討する。

2  前記一の事実に、〔証拠略〕によれば、被告が本件告発に至った背景、経緯につき、以下の事実が認められる。

(一)  原告町は、昭和六二年一二月に、地域振興を図り、地域の活性化を推進するために、ウオーターフロント構想を策定した。右構想には、鹿久居島ユートピア計画、本土・鹿久居島・頭島間の架橋計画のほか、民間進出部門として、頭島水ケ鼻マリンパーク構想(水ケ鼻造成地を利用したホテル、リゾートマンション構想)や県有浜山干拓地を中心としたマリーナを主体とした海洋レクレーション基地の建設等が含まれていた。

(二)  太陽住建(本社は東京都港区)は、昭和六三年五月、前記ウオーターフロント構想に沿って、原告町に正式に進出したい旨の申し出を行ったため、原告町は、太陽住建と交渉を行い、同年一〇月には、町議会の特別委員会や協議会でも、同社との交渉経過や開発計画が報告・審議されていた。

その一方で、太陽住建は、同年一〇月ころ、頭島の水ケ鼻地区の町有地約一万八〇〇〇平方メートルを約五億五〇〇〇万円で買収する契約を締結したり、平成元年三月ころには、日生町土地開発公社が買い取った鹿久居島の土地のうち、広範囲の土地を右公社から購入したり、更に、原告町が浜山干拓地の隣接用地に建設中であった健康施設「ヘルスパ日生」に関し、一億円を原告町に寄付したりする(なお、当時、太陽住建の幹部は、右寄付の趣旨に関する町会議員の質問に対し、浜山干拓地のリゾート開発の先行投資である旨回答していた。)などしていた。

(三)  他方、日生町農協も、昭和六三年四、五月ころ、浜山干拓地に、大規模な種苗センター、洋蘭、観葉植物等の展示即売場、きのこ類の人口培養施設等を建設する「花と緑のプレイランド」構想を策定していたところ、同年一二月一二日付で、浜山干拓地の一括分譲を陳情する陳情書を原告町と町議会議長宛に一通ずつ提出した。太陽住建は、同月一七日付で、日鐵商事と連名で、浜山干拓地の利用計画の指導及び払下げの斡旋を陳情する町議会議長宛の本件陳情書一通を、原告町の窓口に郵送する方法で提出したので、原告町がこれを受付け、町議会の方に回付した。

ところが、原告町の陳情・請願受付簿(〔証拠略〕)においては、本件陳情書も、日生町農協の陳情書も、総務課総務係の受付印が同月一九日付で処理されている。また、町議会事務局においては、日生町農協の陳情書に関しては、受付印(受付番号は第一三四号)の日付が、当初同月一七日付のスタンプが押されていたのが、後に手書きで右一七日の部分が一四日に訂正されており(〔証拠略〕)、本件陳情書に関しては、受付印(受付番号は第一三五号)の日付は同月二一日で処理されている(〔証拠略〕)。

(四)  日生町農協の組合長ほか幹部三名は、平成元年一月三〇日に、上京して日鐵商事本社を訪ね、日鐵商事の常務、取締役各一名、前記鷲尾仁一部長ほか建設部長一名に面談し、日生町における太陽住建と日鐵商事のリゾート開発の意向につき質問したところ、右常務から、リゾート計画については、許認可や漁業補償等の問題があり、日鐵商事の諸条件と合致して、日生町の住民がこぞって賛成してくれない限り、リゾート開発はしない、現時点では、まだそれには至っていない旨の回答を受けた。そこで、日生町農協の幹部は、右のような日鐵商事の意向を農協の役員会で報告した。

(五)  平成三年四月上旬ないし中旬ころ、元日生町職員で、平成二年一〇月の町長選挙立候補者の須賀照光宅に、匿名で、録音テープが郵送されて来た。右録音テープは、田中と称する者が、日鐵商事の前記鷲尾建設部長に電話をした際の会話を録音したもので、その内容は、右田中が、本件陳情書中の日鐵商事建設部長の印影が、本件協定書の印影と違う(「日」の文字が全然違うと指摘)旨告げて意見を求めたところ、鷲尾部長は、本件陳情書に印鑑を押したかどうか、古い話で定かでない、印鑑が別の印鑑ということはあり得ない、印鑑の相違に関しては判りかねる、現物を見てみないと答えかねるが、印鑑が二つあることは考えられないなどと答えている部分が含まれている。

なお、須賀照光は、右録音テープが届いた当時、電話で鷲尾建設部長に対し、右録音の内容を告げて照会したところ、確かに、電話で話したことはあるが、その内容については、それ以上答えられないとの回答を受け取っていた。

(六)  日生町では、当時、町政に関心を持ち、町政を浄化していこうという趣旨で集まるグループが存在していたが、これらの人々は、町議会議員や町の職員等から、本件陳情書や本件協定書の各写しを見せて貰っていた。そして、平成二年ころには、日生町内において、右二つの書類中の日鐵商事建設部長の印影が違うとの噂がなされていた。

(七)  被告は、日生町町民として、平素から原告町のウオーターフロント構想の動向に関心を抱いていたところ、本件告発の数カ月前以降、本件陳情書の写し(〔証拠略〕)と本件協定書の写し(〔証拠略〕)を何度か見せられて、日鐵商事の「日」の文字が乙一の印影では角張っており、乙二は丸みを帯びているので、右二つの書面に押印された印鑑は違うものと判断した。なお、右印影の相違を問題にしていた人の間では、他に、建設部長の「部」の文字が、乙一では細長いが、乙二ではずんぐりしているように見えることも指摘されていた。

(八)  被告は、その後、前記須賀照光が告発状を持参して、告発に参加するよう誘ったので、その趣旨に賛成し、右告発状に署名・捺印をした。

被告は、かねてから、太陽住建が原告町と癒着しているのではないかとの噂を聞いていたところ、前記のように印鑑が相違していると認めたこと、本件陳情書と日生町農協の陳情書の受付日付の処理につき、太陽住建の方が日生町農協より提出が後であった筈であるのに、太陽住建の方が先に提出された扱いになっていたというような話を聞いたこと、日生町農協の理事長が日鐵商事の重役と東京で会った際、日生町の開発構想と関係ないと言われた旨、右理事長から聞いたこと、鷲尾建設部長が、本件陳情書に印鑑を押したことに確信がないと言っているような録音がある旨聞いたこと等の事情を総合して、本件告発に参加することにしたものである。

(九)  本件告発を行ったのは、被告を含む地元住民一一名であるが、被告らは、本件告発に先立ち、本件陳情書を直接日鐵商事建設部長に見せる方法により、その真偽を確かめることはしていなかった。また、被告らは、本件告発前に、原告田原自身や町議会に対しても、本件陳情書に関する疑問につき、問い合わせたり、原本を開示の上での説明を求めたりすることにより、真偽を確かめることはしていなかった。

なお、被告は、後に本件告発を取り下げた。

3  被告は、本件告発を行った理由は、前記2(八)で認定したとおりであるところ、同(一)ないし(七)によれば、原告町に対する太陽住建の立場(太陽住建は、当時原告町のウオーターフロント構想民間進出部門へ積極的に参入を図り、原告町と交渉を重ねるなどして中心的地位にあり、海洋リゾート基地建設のための浜山干拓地の払下げに強い利害関係を有する立場にあったこと)や、競願となった日生町農協の陳情書と本件陳情書との受付処理の方法、日生町農協幹部に対する日鐵商事幹部の発言内容、鷲尾建設部長が話しているとみられる録音テープにおける同部長の回答内容等、これらを総合すれば、本件告発当時、被告を含めた町民にとり、本件陳情書の日鐵商事作成部分の真正を一見疑わしめるかのような事情がいくつか存在したことは認められる。

しかし、右各事項は、あくまで間接的な証拠にすぎず、しかも、その中身は、前記2(一)ないし(七)で認定したとおりであって、よく吟味してみると、いずれも、直ちに原告田原による本件陳情書の偽造に結び付くものとは認められない。

4  ところで、町民が常に町政の動向に関心を持って、町政が誤った方向に進まないよう監視し、もし町政の執行過程に何らかの不正の事実を発見したならば、場合によっては告発という手段でもって、これを正そうとすることが有意義であることはいうまでもないが、反面、告発は、告発された者の名誉を侵害し、捜査当局から事情聴取を受けるなど、深刻な負担を強いるものであるから、告発に当たっては特に慎重を期すべきであって、前記1の「相当な理由」も、通常人が常識的に判断して、告発事実が存在するものと確信できる合理的根拠でなければならないと解される。

この観点から本件をみると、文書(印鑑)偽造の場合は、印影の同一性につき十分検討することは勿論のこと、何よりも、その作成名義人本人に当該文書(印鑑)を示して、直接その真偽を確認するのが、最も有効かつ確実な調査方法であると考えられ、本件でもこの方法は容易に取り得たというべきところ、前記2(九)で認定したように、被告は、本件告発前にこれを実施していなかったし、また、原告田原自身や町議会に対しても、本件陳情書に関する疑問につき、照会したり、原本を開示させた上で説明を求めたりすることにより、真偽を確かめることもしていなかったものである。そして、被告が、このような最も有効な調査方法を講じないまま、前記のように同一と認められる本件陳情書と本件協定書の印影を相違しているものと軽信し、それ自体証拠価値に乏しい間接的な証拠のみを拠り所として本件告発に踏み切った点に鑑みると、通常人が常識的に判断して、本件陳情書が原告田原により偽造されたと確信できる程度の合理的根拠があったとはいえず、被告が本件告発事実が存在するものと信じたことにつき相当な理由があると認めることは困難である。

5  従って、抗弁2も採用することができない。

6  そうすると、被告の本件告発は、原告田原に対する名誉毀損の不法行為を構成するというべきである。

五  請求原因3(名誉を回復するための適当な処分)について

1  〔証拠略〕によれば、原告田原は、被告の不法行為により名誉を毀損され、本件告発及びこれに起因する本件報道により失った社会的名誉・信用は、未だ十分に回復されていないと認められるから、原告田原のため、謝罪広告の必要性が認められる。

2  そこで、原告の名誉を回復するための謝罪広告の範囲につき検討すると、本件告発の事実を掲載した新聞は、産経新聞一紙に留まったこと、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、謝罪広告は、別紙一記載のとおり謝罪広告を産経新聞瀬戸内版に掲載すれば足りると認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、原告田原の請求は、産経新聞瀬戸内版に、別紙一記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める限度で理由があるから認容し、原告田原のその余の請求及び原告町の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 徳岡由美子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例